犬大好きイーストロッカーの戌年の年賀状を安い価格で印刷した話


今は在宅で仕事をしているため、多く時間を取れる私ですが、今飼っているフレンチブルドッグのコテツを飼いはじめたときは違いました。
親元を離れ都会での暮らしにも慣れ始めたとき、一緒に住んでいた彼女の一目ぼれでフレンチブルドッグを飼いはじめました。

当時の私は飲食関係の仕事をしていたこともあり、拘束時間も長く、ただただ働いて寝るという生活でした。
そんな中、彼女からペットショップのゲージの中で白目をむいて寝るフレンチブルドッグの写真が届き、どうしても飼いたいということでした。

可愛がっていた犬と戌年の年賀状

自分自身にも全く余裕がなく反対していましたが、根負けし実際に見に行き飼うことを決めました。

実家では昔から犬は飼っていましたが、あまり関心がありませんでした。
特に飼いはじめたときは、仕事の忙しさ、マンションがペット禁止であるということ、赤ちゃんであるフレンチブルドッグの好奇心旺盛さに振り回されましたが、疲れた心を癒してくれるような寝顔に心惹かれていきました。
今まで休みの日は寝ているだけでしたが、毎週一緒にお出かけをしたり、おやつや食事をあげたり、散歩をしていく中で愛情も深くなっていきました。
フレンチブルドッグの特徴である人懐っこさや、静かで甘えん坊なところなど挙げたらきりがないほどです。
冬になればこたつの中から出てこず、ストーブの前を陣取り、夏になればクーラーのあたるところから離れません。

寝る時も常にくっつき、布団の中で寝、朝もなかなか起きないところもかわいくて仕方ありません。
彼女とけんかするときも常に心配そうな顔でくっついてきます。
嫌ことがあった時や機嫌が悪いときも察したかのように甘えてきます。
飼う前にはフレンチブルドッグは本当に人間に近く、甘え上手で人懐っこいと聞きましたが、飼っている今本当に感じます。
歌手の槇原敬之を初めてして芸能人の方でもファンが多いというのも納得です。

2017年の4月で2歳を迎えます。
今でも来たばっかりの時では想像できないほど大人しく、賢くなってきました。
実家で飼っている大型犬も落ち着くまで8年かかるといわれましたが、フレンチブルドッグは3年ほどで落ち着くそうです。
毛も短く、伸びないので切る必要もありません。
その点からも非常に飼いやすいといわれています。

犬嫌いのうちの祖母もコテツには心を開いてくれました。
コテツが3歳になったころにもう1匹飼いたいと話しており、どうやらフレンチブルドッグの魅力に取りつかれてしまったようです。

のあ子は産まれた時、他の兄弟と比べて明らかに小さく水痘症の疑いがあると診断されました。
そのため、とある犬のブリーダーさんのところでアルバイトをしていた母が引き取り手のない生後3ヶ月ごろの小さいのあ子を引き取ることにしたのです。
最初は段ボール箱から出ることもできず、箱の中で右往左往していました。
そのうち慣れてくると、箱から出て部屋を歩き回ります。
でも部屋の敷居は越えられません。

こうして少しずつ私たち家族との生活に慣れて行き、私たちの中心的存在になっていったのです。
のあ子が生後半年くらいのころ、父親の趣味の釣竿のルアーを飲み込んでしまいました。
日曜日だったので、近くの病院は開いていません。
少し遠くの病院まで急いで父親と姉が連れていき、レントゲンを撮った結果針が胃の中にあることがわかりました。
緊急に切腹手術をすることになりました。

またま小さい体に釣り針が..
みんな本当に心配しました。
手術は無事終わりましたが一週間ほど入院しなければなりませんでした。
弟は毎日自転車で1時間ほどの病院にお見舞いに行きました。
そんな心配をよそに、のあ子は病院の看護婦さんに慣れ、抱かれながら入院生活を満喫していたようです。
ドッグフードもいつもより栄養価の高く、値段も高いドッグフードを与えられ、家に帰ったときには通常のドッグフードは食べなくなっていました。

私たち家族もかわいそうに思い甘やかしてしまったので、ますます好き嫌いをするようになり、半生のドッグフードや缶詰しか食べなくなりました。
それにも次第に飽き、最終的にはバナナを好んで食べるようになり、毎日バナナをなくなる数日前まで食べていました。
のあ子を引き取ったとき、一年もたないかもしれないと言われたのに、12年生きました。
後にも先にも大きな怪我や病気は釣り針を飲んだ一度きりで、好きなものをたべ、気ままに暮らしていました。
そんなのあ子を散歩に連れていくのは、犬の苦手なおばあちゃんの役目でした。
毎日、朝と夕方に近所をゆっくりお散歩します。
一人ではなかなか散歩に行かないおばあちゃんに散歩に行く理由を作るためです。

戌年の安い年賀状も出したりして可愛がったものです。

その戌年の安い年賀状は非常に喜ばれましたし今でも良い思い出のひとつです。

しかし、面白いことに母や弟が散歩に行こうとすると喜んで走って玄関に行くのに、おばあちゃんが首輪を持って近づくと、なんとひっくり返って死んだふりをするのです。
全身の力を抜いて、手足だらーんとし立たせようとしても手を離すとまたひっくり返るのです。
おばあちゃんの足音が聞こえるだけで、隠れようとしたり死んだふりをしたりします。
それでも毎日散歩のお供を10年ほど務めました。

そんなのあ子が亡くなる前の晩、おばあちゃんがお風呂から出ると、洗面所にのあ子が座りじっとおばあちゃんを見つめていたそうです。
きっと、ありがとうを伝えたかったのだと思います。
のあ子が亡くなって数年たちますが、今でも思い出すと涙が出ます。
何年たっても彼女は私達家族のアイドルなのです。